<引用・参照/鎌倉殿の13人_dorama9> 2022.2.13 小林 勝
『鎌倉殿の13人』第5話
第5話のあらすじ! 北条宗時(片岡愛之助)の最期
写真提供;NHK
大河ドラマ【鎌倉殿の13人】第5話が2022年2月6日に放送されました。
5話では、北条宗時(片岡愛之助)の最期のシーンが描かれて…
今回は【鎌倉殿の13人】5話のあらすじネタバレと感想について。
土地の分配
闇夜にまぎれ、堤館と山木館を立て続けに襲撃した源頼朝(大泉洋)の一党。
見事に山木兼隆と堤信遠の首をはね、勝利した。
頼朝:「政(まつりごと)のはじまりは、土地の配分じゃ。敵の所領を召し上げ、それをわしが配分する」
頼朝は、北条義時(小栗旬)の知恵を借り坂東での政の第一歩として土地の分配を始める。
以仁王(もちひとおう)の令旨に基づく、所信表明だった。
大庭景親(國村隼)が出陣
だが、これを知った平家方が激怒する。
相模では、奉行を務める大庭景親(國村隼)が梶原景時(中村獅童)ら3千の兵を率いて出陣。
対する頼朝は勝ち戦の勢いに乗って、一気に大庭景親の軍を挟み撃ちにしようと考える。一気に鎌倉を目指す。しかし頼朝の兵は300人。頼朝たちの頼みの綱は、三浦真澄(佐藤B作)の援軍1000人がやってくることだった。
伊豆では、頼朝討伐に燃える伊東祐親(浅野和之)が兵を率いて動き出す。
伊東祐親は「北条の陣に潜り込み、北条宗時を闇討ちにせよ。」と善児(梶原善)に命じる。
伊豆山権現
8月20日、頼朝軍は出兵する。(頼朝は、その直前に北条館の川の向こうの八重のもとに顔を見せたが、夫・江間がすぐ帰ってきたためほんの一瞬だった)
義時は、別行動。義時は政子(小池栄子)・りく(宮沢りえ)、時政(坂東彌十郎)の娘・実衣(宮澤エマ)などを安全な伊豆山権現へ送り届けた。
伊豆山権現では、女人禁制であり、政子たちは身分を偽り、掃除、炊事などをすることになる。
政子:「佐殿(すけどの)たちは、命がけで戦っています。これは、私たちの戦です。」
頼朝軍の誤算
八重(新垣結衣)は、夫から伊東勢が挟み撃ちにすると聞いて、急いで北条館へ伝えに行く。頼朝を助けたい、その一心で。しかしついた時には北条館はもぬけの殻だった。雨が降る中、八重は膝から崩れ落ちた…。
雨が降り続き、頼朝軍は先に進めない。頼朝たちは鎌倉への途中、石橋山(いしばしやま、神奈川県小田原市)の山中に陣を構える。
大庭景親も同じく石橋山のふもとに陣をかまえる。
頼朝軍の誤算は、三浦真澄軍が雨の影響で酒匂川の水かさが増し、兵を進められなかったことで…。
それぞれの軍議
梶原景時は、大庭景親に「すぐに、出陣すべき」と進言する。川の水が減ると、北条家に近い三浦軍が来て形成が不利になる。今なら、3千対3百。勝機は我らにあり…と。
北条勢も軍議をする。
頼朝は兵力の差を考え、援軍が来ないなら、いったん兵を退きたいと言う。しかし宗時(片岡愛之助)「敵を挑発して、狭いところに誘いこめば少人数でも勝てます。」と助言。
時政が「挑発ならわしに任せろ。得意じゃ。」と買って出る。
遅れてたどりついた義時は背後に伊東のものが潜んでいると時政たちに忠告するが…。
大敗へ
谷の上に、頼朝軍。谷の底に大庭軍が対峙する。
大庭軍は、平地まで頼朝軍を誘い込みたい。そのため、景親は時政を挑発!
昔から景親と仲の悪かった時政は、挑発に乗ってしまう。
そして「かかれ」と出撃を命じる時政。
戦に突入したが…数が違いすぎる頼朝軍は劣勢。
しかも伊東軍に挟み撃ちされ、大敗.
頼朝は、義時らに守られて山中を逃げ洞窟に隠れる。
御本尊
山の中にて。
宗時:「武田信義どもに援軍を願いでましょう。恐らく、近くまで来ているはずです。」
頼朝は、宗時の言葉に顔をしかめた。
武田信義は、甲斐源氏の流れで頼朝決起に乗じて、源氏の棟梁を名乗り挙兵していた。
頼朝にとっては、武田信義は気にさわる存在。
だがこの危機から再起するためだと自分を抑える頼朝。
そして、髪の中から小さな観音像を取り出した頼朝は「こんなことなら、御本尊をもってくればよかった。」とつぶやく。
本尊の観音像は、北条館の別館に置いてきた。
宗時が「私が参りましょう」と立ち上がった。
結末
北条館には、伊東祐親の兵がいるので危険だが、それを承知で宗時は観音像を取りに行く。
宗時は、北条家の近くまで戻ったが、そこで、善児に後ろから喉元を切られた。
北条館に行く前に宗時は義時に話した…
宗時:「俺はな、平家とか、源氏とか、そんなこと、どうでもいいんだ。俺はこの坂東を、俺たちだけのものにしたいんだ。西から来たやつらの顔色を伺って暮らすのはもうまっぴらだ。坂東武者の世をつくる。そして、そのてっぺんに、北条が立つ。そのためには源氏の力がいるんだ。頼朝の力がどうしてもな。だからそれまでは辛抱しようぜ」
そういって義時の肩を叩いて、宗時は「行ってくる」と向かった…。
頼朝の挙兵を望み、北条家を引っ張て来た北条宗時は…死んだ。